とあるニートの生活譚

生きるのが下手。間違った努力をしがちで、人生つまづいてばかりの平成生まれニートが、日々を記録するブログです。元うつ病ニート(現在は会社員)が思いの丈を書き綴ります。

ニートはじめました

はじめに

なぜ、私は今ニートなのか。 自分の置かれている状況を正しく認識するために、まずは現状を整理しておきたい。 軽くこれまでの経歴を羅列すると以下の通りである。   - 海の無い県に生まれる - 高校まで公立で育つ - 一年浪人して私大に入学 - 新卒でIT企業に入社 - うつ病発症し休職 - 世界シェアトップクラスのメーカーに転職 - メーカーを3ヶ月で退職してニート ←今ココ

こう書くとニートになるまでそれなりには順調なように見えるが(見えるか?)実はそうでもなくて、昔から豆腐メンタルだった。 その弱さを誤魔化しつつ生きてきたが、そのツケを払いきれなくなったがゆえにニートという選択を取ったといえる。

小学校の頃までは非常に泣き虫だった。怒られたり、悲しい事があるとすぐに泣いていた。 そして他人を傷つけるかもしれない事を非常に恐れる性格でもある。 幼い頃から他者のネガティブな感情に対して非常に敏感である。その点だけ切り出せば、優しい、共感力がある、という美徳なのかもしれない。社会人になってから出来た知り合いの女性達からも、優しいとかEQ高いよね、と言われた事もある程度。 ただし、他人の気持ちを汲み取って行動するが、同時に自分の気持ちをないがしろにもするため、本心ではイヤだと思っていてもそれを口に出したり態度に出す事が出来なかった。 端的に言ってキョロ充である(今はもう死語か)。アサーティブなコミュニケーションが取れるようになりたいものである。

自己本位に生きてこなかった為、自分のやりたい事、思っている事が弱い、意志薄弱な人間が出来上がったと言えよう。 そして少し興味が沸いたとしても、興味ベースで行動を行う習性がなかったため、興味に沿った行動を継続する事がなかなか出来ない。頭では理解していても行動を伴わせる事が出来ないのが現状だ。

そんなツケが体に出てくるのは何も今に始まったことではない。 小学校まではメンタルが弱いがゆえにすぐに風邪を引くなど病気がちだった。ひと月あたり一週間は体調を崩していた。 中学校では健康になりたいと思い体育会系の部活に入って健康だった(これは良いアクションだったと思う)。 高校の頃は体育会系の部活に入ったものの、長期の休みは何もやる気が起きずひたすら寝て過ごしていた(今から思うとうつ病だったのかもしれない)。 大学の頃は、ゼミの教授が学会有数のガチ勢で、学生であるにも関わらず共同研究者のゼミのポスドク達に指示するような立場に付いていたため完全に心が死んでいた(今から思うと早々にやめるべきだったのかもしれない)。

イヤならやめればいいのに、謎の義務感と、継続は力なりの精神で、気乗りしない事でも続けていた。 そんな習性が自分の精神を蝕む根本原因なのだろう。 なまじ勉強は出来たので、中学高校はトップクラスの成績を維持、高校は進学校、大学は都内の有名私大、とビジョンもないまま、周りに押されるがままに進んできた。 そしてまた、他人の期待に答えたい、というのは悪い考えではないが、それだけでは駄目だったのだろう。 学力は可能性を開く立派な道具である。磨けるときに磨くのは良い事だろう。 ただし、あくまで道具であり、道具のブランドにぶら下がる事に意味はないし未来もない。 一年浪人する時は、自分のやりたい事が見つからず、そのまま進学していいのか自問した末の選択だった。しかし進学後も悪い習性を引きずっていたので、あまり有意義な浪人だったとは言えないが。

名のある大学だったので、就活も特に苦労はしなかった。 第一、新卒の面接は綺麗事を並べる場所である。かつ他人の考えを汲み取る力はあるので何をしたら相手が喜ぶのかわかっているため、私にとっては何の苦でもない。よくあるグループワークやグループディスカッションも無双であった。たとえ見せかけだろうと夢や希望を語る事は好きだし得意だから、メンタルは豆腐だが案外営業も向いているのかもしれない。

名のある会社に入り、研修を受け、業務に入り、それなりに成果も出しつつ社会人生活を送ってきた。 ただ、ここでこれまでのツケが徐々に私の心を如実に蝕んできた。学生とは違うのが、社会人は成果を求められる点である。 興味分野ですら努力が持続しないのに、興味のわかない仕事では尚更努力をする事が出来ない。 これは非常にクリティカルな問題である。 そして、これが私のメンタルが完全崩壊するきっかけになったのだが、性格的に相性の悪い人が上司として配置された。 端的に言うとパワハラを受けたのである。 他人のネガティブな感情に敏感な性格と、嫌な事も我慢し続けてしまうメンタリティがここで災いした。 パワハラを耐え続けた結果、うつ病を発症したのである。

その人が上司になってから5ヶ月くらい経った頃だろうか。 ある日、朝目が覚めても体が動かせないのである。 非常に焦った。会社に行かなきゃ、と思うのに体に力が入らない。 手の指を動かす事さえ、ベッドの上で寝返りをうつ事さえ出来ないのである。 それでも無断欠勤は良くないと思い、やっとの思いで会社に連絡をしてその日は一日寝ていた。 病院に行ったのは翌々日くらいだったように思う。

体は正直だなあ、と思った。これ以上我慢していたらもっと心を蝕むから、物理的に会社に行かせないようにしたのだろう。 体が言うことを聞かない、という体験をしてはじめて、自分の心や意思を大切にした生き方をしなきゃ、と気付かされた。 気付かされたとはいえ、そもそも自分がやりたい事に正直に生きてこなかったため、どの程度自己責任で(社会的に)生きられるのか感覚が分からない。 休職をさせてもらって少しずつダメージは回復したが、回復後に何に向かっていくべきかイメージが持てていない。 ただ、せめて自分の興味のある分野で少しずつ努力を継続できるようになれたらいいな、と思う程度が現状である。 IT企業に入社してそれなりに業務経験はさせていただいたので、それを元にしてより興味の強い分野で働いてみようか、と思って転職をした。 勿論ほかにも幾つかファクターはあったので、転職に関する話はまた別の機会に書き綴りたい。

自分の気持ちに正直に生きたくて、兎にも角にも転職をした。 世界シェアトップクラスのメーカーなので、組織としても成熟しているし制度も整っていて経営も安定している。 しかし、入社後のギャップについていけず試用期間中に退職というカタチを取らせていただいた。 あと社会人生活が30年以上続く、と思った時に耐えられないと思ったからである。続けていく自信がなかったし、今は気力体力的な面で社会人生活を送れる状態ではないと悟ったからだ。 これについてもおいおい(コンプライアンスに引っかからない範囲で)書き綴っておきたいと思う。

私は平成生まれ。今、20代後半である。 しかし、現実と自分の気持ちの折り合いをうまくとって生きる事にかけては恥ずかしながら半人前である。 そしてパワハラ環境で耐えすぎたが為にメンタルの豆腐化が進んでしまった。 幸いにして自殺という手段は取っていないし、自分の将来にまだ希望を持っている。

今後は、まずは心身を健康にする事、健康を維持する事、を最初のステップとして生きたい。 休職や退職、ニートは世間的に見たら「逃げ」かもしれない。 しかし、自分の納得感のある人生を送るために、今は一歩引くだけだ、と(言い訳をして)今後の生活に備えたいと思っている。 自己肯定感を持つ事、弱さを打ち明けられる相手を持つ事で心理的安全性を高めていくのが、まず第一歩だろうか。

働かない頭でつらつらと文章を書き連ねたが、少しずつ考えをまとめるための場所として、また、その時その時の考えを振り返るための場所として、ブログを使っていきたい。

はてなブログ散策

はてなブログを今開いた時のトップページの記事を読んでみた。

この人くらいまとまった内容と文章量のブログが書けるようになりたいなあ。

dennou-kurage.hatenablog.com

あと全然関係ないけどブログ投稿画面に色んな機能がついてるんすね。Amazon商品紹介とかYoutube貼り付けとか。

Youtubeはよく見るのでオススメの投稿者さんを応援するような記事書くのもシンプルでよいかもしれない。

 

仕事やめたばかりなのでまずは心身の回復を第一に生きたい。

最初の投稿

はてなブログを始めました。

 

ブログを始めた理由は2つあり、感じた事や考えたこと記録しておきたいと思い立った点と、背伸びせず思いを吐き出す場所があったほうがメンタル的に良さそうだと思った点。

他者からフィードバックあったら勿論嬉しいけれど、ひとまずは思ったことを徒然なるままに書き綴るようにしたい。

内容の方向性はこれから決めていく。

 

趣味は動画視聴と旅行。

仕事はIT系だったが豆腐メンタルなので最近辞めた。

友達は少ないほう。

 

出来たらいいなと思ってる事はプログラミング、海外滞在。

30代半ばまでに自分の気持ちと現実に折り合いを付けられるようになりたいなあと思っている。

小さい頃からメンタルが豆腐なので今更ビビらない精神は作りづらいと思うが、無理せず元気に楽しく生きる事を目標にしたい。

 

直近の目標は元気を取り戻す事。